ブランド戦略の事例を知る

壼屋の景色をつないでいく

2026/03/23

 

 

壼屋の地で育まれた育陶園

「やちむん」は沖縄の言葉で焼物のことを言う。ぽってりした厚い形状に力強い絵付けが特徴の器や壺は、沖縄の人々の暮らしに深く根付いている。那覇市国際通りからほど近い壼屋「やちむん通り」は、やちむんや沖縄の工芸品を扱う店が数多く立ち並ぶ。石畳が続く通りにはどこか昔の面影を宿したノスタルジックさがあり、散策を楽しむ観光客も多い。
第二次世界大戦中の空襲で那覇の9割が壊滅的な被害にあったが、壼屋は奇跡的に被害を免れた場所でもある。戦後、食器の需要をまかなうため、米軍は壼屋を那覇でいち早く住民に開放。1945年11月、陶工を中心とした陶器製造産業先遣隊103名が戻り、那覇の復興が始まった。
有限会社育陶園はそのやちむん通りに店を構えて60年以上も続く老舗の窯元だ。1963年、高江洲育男氏が壼屋に「高江洲製陶所」を設立し、独立創業した。現在は直営ブランド6店舗と体験工房、製造工房の8拠点を展開している。
代表の高江洲若菜さんは「私たち育陶園は、300年以上続く壼屋の地で、先祖代々やちむんを作り続けてきました」と話す。

「今、8つの拠点がありますが、それぞれの店舗が異なるテーマや世界観を持っていて、器販売だけでなく、陶芸体験やワークショップ、カフェなどを通して、壼屋のまち全体の景色や文化を感じていただける場所づくりを行っています。一番新しい店舗の『壼屋のいりぐち』は、育陶園の器以外にも沖縄の自然素材や技術を活かした工芸品やアクセサリー、食やコスメなど日常を彩るアイテムのセレクトショップです。通りに入ってすぐの場所にあるので、壼屋を訪れた方にやちむん通りの文化や世界観を知ってもらえるような場所にしたかったんです」

外観も壺屋らしさにこだわった「壼屋のいりぐち」は、その名のとおり、昔から続く壼屋の景色、沖縄の景色を未来へつなぐための入り口だ。育陶園は壼屋のまちと共に歩んできた。高江洲さんは壼屋という場所をとても大切に思い、育陶園として壼屋の景色を残す活動に取り組んでいる。

 

 

個性豊かな6店舗

高江洲さんは直営店舗について「壼屋で育まれた感性、培われた職人の技術、そこで生まれたやちむんを各テーマに沿って、ものづくり・店づくりをしています。私たちが作るやちむんとお店で、つなげたい景色をお客様へ伝えています」と話す。
直営店舗の内訳は、まず育陶園を代表するブランド『唐草線彫』『育陶園獅子』をメインに扱う「壼屋焼窯元 育陶園 本店」。“美しい壼屋焼き”がテーマで、伝統技法「線彫」が施された器は重厚で整っており、貫禄がある。

本店のすぐ隣「kamany」(カマニー)は、“時を味わう”をテーマに伝統的なやちむんからモダンにアレンジされたものまで幅広く取り扱う。特に、壼屋焼で昔から使われている幾何学模様をベースにした直線柄が美しい「カンナイ・バサナイ」シリーズは大胆な模様が印象的な人気商品だ。

毎日使いたくなる食器やシーサー小物を取り扱う「guma guwa」(グマーグヮー)は、“軽やかな器”がコンセプト。小さくてかわいらしい陶器類や雑貨が店いっぱいに並べられている

実験的店舗「Etha」(イーサ)は、育陶園七代目・高江洲尚平氏の世界観を元に、空想的な陶器やオブジェが並ぶ。店の一角には喫茶コーナーも設けられている。

やちむんでいただく沖縄そばやお茶が楽しめる「nan*ne」(ナンネ)では、育陶園が考える「心地よい暮らし」を提案する。器・洋服・生活雑貨・食などを取り扱う。

2025年8月にオープンしたばかりの「壼屋のいりぐち」は、初めて壺屋を訪れた人が自然と壺屋の文化に触れられるセレクトショップ。

どのお店も個性的で、壺屋のまちを盛り上げる魅力にあふれている。また、器やシーサーを作る現場を見学できる「育陶園 工房」、シーサーや絵付けなど陶芸体験ができる「壼屋焼やちむん道場」もある。

 

 

壼屋というまちへの想い

育陶園では「壼屋の景色をつなぐ」を経営ビジョンに掲げている。
「私たちのやちむんは、壺屋の街並みや景色の中で育まれる感性、受け継がれてきた手仕事の技術・技法があってこそ。『300年続いてきた景色』と『技術技法』があるから私たちのものづくりの付加価値が高まり、その背景が色濃く残ることで人を惹きつけ、ものと場所、両方の魅力を通して地元の方を含めた深いファンが生まれていくと確信しています。
そのため、技術や技法の継承だけでなく、『壼屋の景色をつなぐ』ビジョンのもとに、通り会での共同活動といったまちづくり、壼屋でのお店づくり、定期的な植栽・剪定の実施など緑化活動、蛍などの自然保護活動など、地域の環境や文化そのものを守り、次世代へつなぐことも事業の一環として総合的に取り組んでいます」

高江洲さんがこのビジョンを持つきっかけは、まちづくりや店づくりを通した情報発信、集客体験にある。以前の育陶園は売上の7割は卸販売で、店舗売上は3割ほどだった。しかし卸売では取引先の都合で商品を扱ってもらえなかったり、手仕事による自然の風合いについてうまく説明できず返品になったりしていた。そんな折、自社で運営する陶芸体験の「やちむん道場」や「guma guwa」という本店以外でも直接お客様にサービスや体験を届ける場所ができ、顧客の反応を直に知ることで何が求められているかを理解した。
同じころ、やちむん通りにも新しい感性を持った店主によるカジュアルな新店舗が増え始め、通り全体のバリエーションが増えていった。
「通りの皆さんと一緒に、通り会の活動を活発にし、ロゴマークの作成や情報発信の仕組みを整えたことでやちむん通りの集客が増えました。並行して育陶園直営店舗の売上も伸びていきました。自分たちで発信し、周知や集客ができる実感が持てたことで、ますます“壼屋”というまちにフォーカスしたブランドづくりをしていきたいと強く思うようになりました」

 

事業の工夫と職人への思いやり

壼屋に暮らす一員として、通り会や住民と日々コミュニケーションを欠かさず、地域活動に参加しながら、商品の企画や見せ方については日々工夫を重ねる。
「特に陶器を中心にした店舗では年間の販売戦略計画を立てて、毎月の季節限定商品や年ごとの限定アイテムを開発しています。多種類かつ小ロットでの生産体制を整えることで、お客様を飽きさせない提案をしながら付加価値を高め、単価を適正価格に引き上げても納得していただけるものづくりを目指しています」
もちろん定番商品も大切にしているが、季節ごと、年ごとに品揃えを変えることで顧客を楽しませ、ファンづくりにつなげている。そして育陶園を支える職人たちへの気配りも忘れない。
「製造現場では、“たくさん、きれいに、早く作る” という基本に加えて、一人ひとりの職人の技術力を高め、同じ工房内でも多様な表現ができることを大切にしています。そのためには職人が誇りを持って安心してものづくりに向き合える環境づくりが欠かせません」

高江洲さんが代表に就任してから、育陶園では陶芸業界でもいち早く法人化を進め、社会保障の整備を行い、年内完全有給消化や職人のフレックスタイム制導入など、働きやすい職場づくりに力を入れてきた。その甲斐あって、育陶園では勤務5年以上の職人定着率が80%以上となり、熟練の職人が高い技術力を発揮して難しい表現を実現できている。
高江洲さんは「対外的にはまちとのかかわりを、内部的には雇用環境の整備とブランドづくりを両輪として事業を展開することで、育陶園のものづくりは循環し、次の世代へつながっていくと確信しています」とほほ笑む。

 

大きな夢

しかし、大切な地元の景色を守っていくことは容易ではない。壼屋にも都市化の波は確実に押し寄せていて、街並みは少しずつ変わってきている。
「古い古民家や、築50年以上の味わいがあった古アパートも、駐車場や新しいマンションへと姿を変え、このまちの景色も静かに変化しています。その変化と共に、石垣や庭先の木々や草花、壼屋に在来している蛍の数も減ってきています。仕方がないことですが、やっぱりさみしいです」
高江洲さんはそれでも自分たちにできることで壼屋の景色を守りたいと言葉に力を込める。
「空き物件が出たら持ち主の方にお声掛けして、私たちや、同じように壼屋の景色を未来につなぎたいという方と協力して、壼屋の土地や建物をできる限りこのまちの価値として守っていけるような取組をこれからも続けていきたい。そして、いつかは直接自分たちの手で土地や建物を守れるだけの資金力を持てるようになるのが、私の生涯の目標です」
まちの変化は決して悪いことではない。ただ、時代の流れに沿うだけの変化を見過ごしていては、300年続く壼屋のまちの価値が失われてしまう。壼屋という地で生まれたやちむんを作ってきた育陶園だからこそ、これからも土地の記憶とまちの営みを守っていく。

 

 

有限会社育陶園

本社住所    〒902-0065 沖縄県那覇市壼屋1-22-33

WEB      https://www.ikutouen.com/